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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)10045号 判決

原告 株式会社日本エンタプライス

被告 インシユランス・カンパニー・オブ・ノース・アメリカ

主文

被告に対して金十万円及びこれに対する昭和三十年九月十二日からその支払の済むまで年六分の割合による金員を原告に支払うことを命ずる。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

原告が被告のために金三万円の担保を提供するときには主文第一項の部分に限り、この判決の確定する前でもこの判決に基く強制執行をすることができる。

事実

第一原告の求める裁判

「被告に対して金五十二万円及びこれに対する昭和三十年九月十二日からその支払の済むまで年六分の割合による金員を原告に支払うことを命ずる。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言

第二被告の求める裁判

「原告の請求を棄却する。」との判決

第三原告の主張

一  原告は、建物等の賃貸借等の周旋業を営むことを目的とする株式会社であつて、昭和十九年設立され、昭和三十年十月までは株式会社アジヤモータースという商号を称していたのであるが、同年十一月二日その商号を株式会社日本エンタプライスと変更したものである。

二  訴外道源商事株式会社(以下「道源商事」という。)は、その所有の東京都中央区銀座二丁目二番地にあるプレイガイドビル(以下「本件ビル」という。)内の室を他人に賃貸したいと考え、その借手を見つけることを訴外藤本昌利に依頼したのであるが、原告代表取締役下村義了は藤本昌利と旧知の間柄であつた関係上、昭和三十年五月頃同人からの話により、道源商事が本件ビル内の室の借手を探していることを知つた。

三  被告は、事務所用の貸室を探していたのであるが、昭和三十年五月頃日本タイムス紙上に被告が貸事務所を探している旨の新聞広告を出し、原告代表取締役下村義了はこの新聞広告を見て、被告が事務所用の貸室を探していることを知つた。

四  そこで原告は、被告が道源商事から本件ビル内の室を賃借できるよう周旋の労をとろうと考え、原告代表取締役下村義了において昭和三十年五月中旬頃、被告の社員であつたミラー、矢野正男及び大木良蔵の三名と折衝し、この折衝の結果原告と被告との間で、原告において被告が道源商事から本件ビル内の室を賃借できるよう周旋の労をとり、被告においてこの周旋に対する報酬として、東京都宅地建物取引業組合連合会が昭和二十八年十月一日東京都知事の認可を経て定めた宅地建物取引業手数料表の定めるところに従い、原告の周旋によつて被告が道源商事から本件ビル内の室を賃借できたとき及び原告が被告を道源商事に紹介したのち被告が原告の手を借りずに道源商事と交渉し、この交渉によつて被告が道源商事から本件ビル内の室を賃借できたときには、被告と道源商事との間の賃貸借における一箇月分の賃料と同額の金員を原告に支払うという契約(以下「本件契約」という。)が成立した。

五  そして本件契約の成立后直ちに下村義了は、ミラー、矢野正男及び大木良蔵の三名を連れて本件ビルの内三階以上の部分を検分させ、且つ道源商事の佐久間取締役に前記三名の被告社員を引き合わせた上、道源商事に対して、被告が本件ビル内の室を事務所として賃借したいと考えている旨を伝えたのである。

六  その后被告は下村義了に対して、本件ビルの内五、六階部分の室(以下「本件室」という。)を賃料一年分前払という条件ならば賃借したいが、それ以上の条件では本件室を賃借できないから、被告の希望通りの条件で本件室を賃借できるよう折衝してもらいたいと申し入れたので、原告は道源商事の代理人であつた藤本昌利に対して被告の希望を伝えたところ、その十数日后道源商事の社員から原告に対して、本件室は賃料三年分前払という条件ならば被告に賃貸してもよいが、賃料一年分前払という条件では賃貸できないという申入があり、下村義了は直ちに被告に対して道源商事から以上の申入があつた旨を伝えた。

七  その后原告は被告から本件室の賃貸借に関する何らの連絡も受けずに日を過していたのであるが、その間被告は道源商事との直接折衝によつて本件室を道源商事から賃料一箇月金五十二万円という約束で賃借したのであつて、原告は昭和三十年八月上旬被告が日本タイムス紙上に出した事務所移転の新聞広告によつて、被告が本件ビル内に事務所を構えたことを知り、直ちに被告の事務所を訪れて事情を聞き、その結果被告が以上のとおり本件室を賃借したことを知つた。

八  よつて原告は被告に対して同年九月十一日附同月十二日到達の内容証明郵便で本件契約に基く報酬金五十二万円を原告に支払うことを催告したから、被告は原告に対してこの報酬金五十二万円及びこれに対する以上の内容証明郵便が被告に到達した日である昭和三十年九月十二日からその支払の済むまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

九  仮に本件契約のうち、周旋に対する報酬に関する部分の約束が原告と被告との間で結ばれたことが認められないとしても、前記のとおり被告は原告の紹介によつて始めて道源商事が本件ビル内の室の借手を探していることを知り、且つ道源商事と面識ができた上本件ビル内の室を検分したものであるにかかわらず、その后道源商事との直接折衝によつて本件室を道源商事から賃料一箇月金五十二万円という約束で賃借したものであるが、かような場合には被告は原告に対して相当額の報酬を支払う義務があり、且つ本件ではこの報酬の額は、金五十二万円に達するものと考えられる(一般に宅地建物取引業者の受ける報酬額は宅地建物取引業法第十七条第一項により各都道府県知事が定めることになつており、東京都では建物の賃貸借の周旋に対する報酬は一箇月分の賃料と同額と定められている。)から、被告は原告に対して金五十二万円の相当報酬及びこれに対する前記第八項の内容証明郵便が被告に到達した日である昭和三十年九月十二日からその支払の済むまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

十  仮に前項の主張がいれられないとしても、東京都では宅地建物取引業者が依頼者からの委託によつて建物の賃貸借の周旋をし、この周旋后依頼者が直接交渉して建物を賃借したときには依頼者は周旋業者に対して、東京都知事が定めた宅地建物取引業手数料表に従い、一箇月分の賃料と同額の報酬を支払うという商慣習があるから、被告は原告に対してこの商慣習により金五十二万円の報酬及びこれに対する前記第八項の内容証明郵便が被告に到達した日である昭和三十年九月十二日からその支払の済むまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

十一  以上の理由により原告は被告に対して前記第八ないし第十項の義務の履行を求めるものである。

十二  被告主張の第二項の事実は否認する。

同第三項の事実のうち、被告が道源商事との直接折衝によつて本件室を道源商事から賃借したことは認めるが、その余は否認する。

第四被告の主張

一  原告主張の第一項の事実のうち、原告が建物等の賃貸借等の周旋業を営むことを目的とする株式会社であることは認めるがその余は知らない。

同第二項の事実のうち道源商事が本件ビルを所有していること及び下村義了が原告の代表取締役であつたことは認めるが、その余は知らない。

同第三項の事実のうち、被告が事務所用の貸室を探していたこと及び昭和三十年五月頃日本タイムス紙上に被告において貸事務所を探している旨の新聞広告を出したことは認めるがその余は知らない。

同第四項の事実のうち、下村義了が原告の代表取締役であつたこと並びにミラー、矢野正男及び大木良蔵の三名が被告の社員であつたことは認めるが、その余は否認する。

同第五項の事実のうち、ミラー、矢野正男及び大木良蔵が昭和三十年五月中旬頃下村義了の案内によつて本件ビル(但しその七階部分)を検分したことは認めるが、下村義了が道源商事に対して、被告において本件ビル内の室を事務所として賃借したいと考えている旨を伝えたことは知らないし、その余は否認する。

同第六項の事実のうち、被告が下村義了に対して、本件室を賃料一年分前払という条件ならば賃借したいがそれ以上の条件では本件室を賃借できないから被告の希望通りの条件で本件室を賃借できるよう折衝してもらいたいと申し入れたこと及びその十数日后下村義了が被告に対して、道源商事から本件室は賃料三年分前払という条件ならば被告に賃貸してもよいが、賃料一年分前払という条件では賃貸できないという申入があつた旨を伝えたことは認めるが、その余は知らない。

同第七、八項の事実は認める。

同第九、十項の事実は否認する。

二  被告は下村義了に対して、被告が道源商事から本件ビル内の室を賃借できるよう周旋の労をとつてもらいたいと依頼したのであつて、原告に対してこの周旋の労をとることを依頼したことはなく、且つ被告と下村義了との間の約束においては手数料に関する定をしなかつたものである。

三  仮に原告が被告に対して、道源商事において本件ビル内の室の借手を探している旨の紹介をしたことがあるとしても、被告はそれ以前に、訴外丸和商事株式会社の紹介により、道源商事が本件ビル内の室の借手を探していることを知つていたのであり、被告は丸和商事株式会社からの紹介后道源商事との直接折衝によつて本件室を道源商事から賃借したのであつて、この賃貸借の成立について原告は何らの貢献もしていないのであるから、被告はかような局外者である原告に対して報酬を支払う義務を負わない。

第五証拠

原告は、甲第一ないし六号証を提出(但し甲第一ないし四号証は写で提出)し、証人安原勇の証言及び原告代表者尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、乙第一号証を利益に援用した。

被告は、乙第一、二号証を提出し、証人矢野正男及び同大木良蔵の各証言を援用し、甲号各証の成立(但し甲第一ないし四号証についてはその原本の存在及び成立)を認めた。

理由

一  原告が建物等の賃貸借等の周旋業を営むことを目的とする株式会社であることは当事者間に争がなく、原本の存在及び成立に争のない甲第一号証並びに証人安原勇及び同矢野正男の各証言(但し、証人矢野正男の証言は后記の信用できない部分を除く。)と原告代表者尋問の結果とによると、被告がその東京支店長ミラーを被告の代理人として昭和三十年五月頃原告に対して、被告において道源商事からその所有の本件ビル(本件ビルが道源商事の所有であることは当事者間に争がない。)の室を、賃料一箇月坪当り金四千円で賃料一年分前払という条件で賃借できるよう周旋の労をとつてもらいたいと依頼したこと、この依頼に基き原告が直ちにミラーと被告の社員であつた矢野正男(同人が被告の社員であつたことは当事者間に争がない。)とを連れて本件ビルの内三、四階の部分を検分させたこと、原告が道源商事の代理人であつた訴外安原勇に対して、被告において本件ビルの室を賃料一年分前払という条件で賃借したいという希望をもつている旨を伝えたこと、その后一週間位の后原告が道源商事から、本件ビルの室は他に良い借主が現われ賃料三年分前払という条件で賃借したいと申し出ているから被告の希望どおりの条件では被告に賃貸することができないという回答を受け、直ちに原告が被告にその旨を伝えたこと及びミラーが原告からのこの回答をきき、本件ビルの室を賃借することを断念する旨を原告に申し入れたことを認めることができ、証人矢野正男の証言のうちこの認定に反する部分は信用できないし、ほかに以上の認定を動かすことのできる証拠はない。

二  さて、その后被告が道源商事との直接折衝によつて本件室を道源商事から賃料一箇月金五十二万円という約束で賃借したことは当事者間に争がなく、原告は、原告と被告との間で、原告において被告を道源商事に紹介したのち被告において道源商事との直接折衝によつて本件ビル内の室を賃借したときには被告が原告に対して一箇月分の賃料と同額の金員を支払うと約束ができており、且つ原告がこの約束の成立后直ちに道源商事の佐久間取締役に被告の社員を引き合わせたと主張するけれども、原告代表者尋問の結果のうち、原告と被告との間で原告主張のとおりの約束ができたという供述は信用できないし、ほかにこの原告主張の事実を認めることのできる証拠はない。よつて被告が原告との間で以上の報酬契約をしたことを根拠とする原告の請求は失当である。

三  しかしながら、建物等の賃貸借等の周旋業を営むことを目的とする株式会社である原告が被告の依頼によつてした前記第一項の行為は原告がその営業の範囲内で被告のためにした行為に当るといわなければならないから、被告は商法第五百十二条により原告に対して相当の報酬を支払う義務があるわけである。そうして原本の存在及び成立に争のない甲第二号証と原告代表者尋問の結果とによると、被告が原告の紹介によつて始めて道源商事において本件ビル内の室の借手を探していることを知つたことが認められ、この認定を動かすことのできる証拠はないし、更に、成立に争のない甲第五号証及び証人安原勇の証言並びに原告代表者尋問の結果によると、東京都では建物の賃貸借の周旋に対する報酬が一般に一箇月分の賃料と同額と定められていることが認められ、この認定を動かすことのできる証拠はないが、以上認定した事実と前記第一項で認定した事実及び本件諸般の事情とを参酌すると、この報酬額は金十万円が相当であると考えられる。よつて被告は原告に対して金十万円の相当報酬を支払うべきであつて、これを超える額についてはその支払義務がないといわなければならない。

四  なお、原告は、東京都では宅地建物取引業者が依頼者からの委託によつて建物の賃貸借の周旋をし、この周旋后依頼者が直接交渉して建物を賃借したときには依頼者が周旋業者に対して一箇月分の賃料と同額の報酬を支払うという商慣習があると主張するけれども、商慣習は当事者がこれに従う意思があると考えられるときにのみこれによるべきものであるところ、本件において原告と被告とがいずれもかような商慣習に従う意思があつたかどうかの点について何ら主張がないから、この点において商慣習に関する原告の主張は失当である。

五  以上の理由により原告の本訴請求のうち、被告に対して報酬金十万円及びこれに対する被告が原告から報酬金を原告に支払うことの催告を受けた日であることの当事者間に争のない昭和三十年九月十二日からその支払の済むまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金を原告に支払うことを求める部分は正当であるから認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条本文を、仮執行の宣言について同法第百九十六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本卓)

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